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変革する社会でスポーツの指導者に求められるリーダーシップと教育理論とは?

3月3日、一般社団法人スポーツコーチングJapanが主催するSCJ Conference 2018が開催された。スポーツコーチングJapanの代表理事を務める中竹竜二氏をはじめ、スペシャルスピーカーとして、大手企業、有名ベンチャー企業の経営者を創出し続ける岡島悦子氏(株式会社プロノバ代表取締役社長)、独自の理論で子どものやる気を引き出す花まる学習会を立ち上げ、教育界に一石を投じた高濱正伸氏(花まる学習会代表NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長)ら、いわゆる「スポーツ畑」とは関わりのないトップランナーが、「日本のスポーツコーチングをNext Stageへ」を合い言葉に集まった。

COACH UNITEDでは、中竹氏をモデレーターに、岡島氏、高濱氏が業界の枠を超えて「指導者に求められるリーダーシップ」を論じた基調講演の様子をレポート、両氏も注目する「スポーツのポテンシャルとは?」(取材・文:大塚一樹)

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平昌五輪で証明されたコーチングの重要性 スポーツコーチングは次の段階へ

「スポーツを好きな人はマイノリティですよ」

このカンファレンスを主催するスポーツコーチングJapanの代表理事を務める中竹氏がオープニング講演で語った言葉だ。

社会という枠組みで見たときに、日本におけるスポーツは残念ながらそれほど多くを占める存在ではない。音楽や映画鑑賞、数多ある趣味や社会活動という視点で見れば、スポーツはマイノリティでしかない。スポーツ好きという価値観は日本ではまだまだ少数派。折しも日本中が平昌五輪の熱気に包まれた直後の週末、集まったスポーツコーチを目の前にして中竹氏は続ける。

「スポーツに人を惹き付ける力があるとすれば、それはパフォーマンスの力です。どんなに素晴らしい仕組みやリーグがあってもパフォーマンスが伴わなければ人は来ません。パフォーマンスを生むのはアスリートの力なのは言うまでもありません。では、アスリートの力を引き出すのは誰でしょう?」

スポーツが輝くとき、そこには必ず素晴らしいパフォーマンスがある。そしてもちろん、パフォーマンスを発揮するアスリートがいる。平昌でのメダリストの躍動を思えばここまでは誰でも容易に想像できる。中竹氏が強調したのは、「それを生み出すもの」の存在だ。

「今回の平昌オリンピックでうれしかったのは、政府の方から『コーチに資金を投入した結果』とコーチングの力を評価するような声が聞こえてきたことです。アスリートがパフォーマンスを発揮するためには、アスリート本人の努力はもちろんですが、コーチの力が必要ですよね」

中竹氏は、冬季最多となる13個のメダルを獲得した日本選手団の活躍について、指導者の手腕を評価する声が聞かれたことを引き合いに出して、コーチングの重要性を強調した。

女子カーリングのジェームス・リンドコーチやスピードスケートのヨハン・デビットコーチら、海外から招聘した指導者の存在はもちろん、多くのコーチが今回のオリンピックでの活躍を支えた。日本中を感動させ、沸かせたスポーツの力を引き出す鍵を握るのがコーチと、コーチングのあり方であり、その重要性の認知が進んでいる。

SCJ Conference 2018は、「共に未来を創るコーチ・リーダーのためのカンファレンス」として開催された。参加者はスポーツコーチがほとんどだが、その学びは、「スポーツの指導法」に留まらない。

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競技や分野を越えた「交流」ではなくメソッドの「共有」

続いて行われた基調講演では、すでに紹介したようにビジネス、経営のスペシャリストである岡島悦子氏、教育の高濱正伸氏と、コーチングカンファレンスとは言え、普段のスポーツ系のイベントでは登壇しないスピーカーが招かれた。

モデレーターを務めた中竹氏はこうした試みについて「交流ではなく共有」だと説明する。

「スポーツコーチングJapanの設立主旨の一つは、日本のスポーツコーチングを進化、発展させること。もうひとつは、スポーツから、企業、団体など、どの組織体でも共通する普遍のメソッドとしてコーチの育成、普及を質の向上に寄与することです」

ラグビー協会では、コーチエデュケイターとしてコーチを育成する立場にあるという中竹氏は、世界ではさまざまな分野でコーチを導くコーチデベロップメントの重要性が高まっていると言います。
「それは会社組織ならある意味当たり前のことですよね? 経営者が経営者候補を育てる、管理職を導く」

年間200人以上の経営者のコンサルティングを行っているという岡島氏は中竹氏の発言を受けてこう続ける。

「一流の社長を超一流にするのが私の仕事です。経営者の "かかりつけ医"ですね。いま増えてきているのはサクセッション・プランニングといって、10年先の『次の社長』を作る仕事です。現在のマネジメント層とは別に後継者候補を育成しているので、従業員数万人企業で、26歳くらいの若手が社長候補に入っているケースもあります。抜擢と配置ですよね。そういう人材育成の部分ではスポーツは非常に参考になると思っています」

高濱氏も子どもたちを預かる教育者として、スポーツの可能性を重視しているという。

「30年くらい前に予備校で教えていたのですが、生徒を見ると勉強はできても『飯が食えなそうな』子たちばっかりだった。大学はお客さんとして迎えてくれても、社会はそうは行かない。この国は働けない、飯が食えない大人を量産していると思ったんです」

衝撃的な話から始まるが、高濱氏が運営する花まる学習会では人間的本質、芯をつくる教育を軸に、成績が上がるだけでなく、「子どもたちが元気になる」「イキイキしてくる」と話題を呼んでいる。

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変化するリーダーシップのあり方と、スポーツの指導に求められる教育理論

ビジネス、教育、そしてスポーツと分野は違えど、「人づくり」という共通点を持った3人の話は、トークテーマである「指導者に求められるリーダーシップ」へと展開していく。

「ビジネスの現場では、"カリスマリーダー"がほとんど輩出されない時代になっています」

こう話したのは岡島氏。めまぐるしく変化する社会、ニーズに応えるために、ビジネスの世界ではあらゆるサイクルが短くなっている。一昔前に理想のリーダー像だった「強烈な個性を持ったリーダーが一人で引っ張る」という形には限界が来ているという。

「ビジョンをつくるのがリーダーの役割の一つだと思うのですが、先が読めない世の中でビジョンをつくるのはとても難しくなってきています。『それできるよ』という人がいるとしたら、天才か勘違いでしょう(笑)」

岡島氏が新しいリーダー像に挙げたのが、フォロワーシップ型のリーダー。

「羊飼い型リーダーですよね。後ろからみんなをその方向へ追い込んでいく。日本では羊飼いがイメージしづらいので、追い込み漁型リーダーとも言っているんですが。正確性より納得性が大切で、いろいろな人が最大のパフォーマンスを出せる環境を整備するのがこうしたリーダーの仕事です」

高濱氏は、外から見たスポーツ界の現状に触れながらリーダー、コーチのあり方を説明する。

「選手に『ハイ、ハイ』と言わせる軍隊式で成立してしまっている。40年前の野球部と変わっていませんよね。こうした指導の仕方は、"勝ち残る数人"を作るだけなんです。屍をつくる指導法なんです」
たとえば指導対象が子どもならば、その子どもたちの本質に触れるべきだと高濱氏は言う。

「スポーツの指導者、コーチの人は、さすがに専門知識はすごい。けれども、大人の知識を子どもに伝えようとしているように見えます。子どもと大人は生き物して違う。動かしたい子どもの本質を知ることが大切なんです。スポーツの世界に教育理論が入るだけで全然違うと思います」

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指導者は「教える専門家」であり「学びの専門家」でもある

コーチのためのコーチ、世界中のコーチデベロッパーが集うカンファレンスに参加した中竹氏も、スポーツの専門知識以外の要素が重要だと自らの経験を踏まえて言葉を継ぐ。

「ラグビーのコーチを教えるコーチたちのカンファレンスに参加してみると、回を重ねるごとにラグビーの話が少なくなっていくんです。安全性やドーピング、トレーニングの話はありますが、メインは『ラグビー、スポーツの本質的な楽しみを味わおう』ということなんです。しかもコーチが自らそれを味わおうということをやっていくんです」

これを聞いた、岡島氏、高濱氏は大きくうなずきながら、それぞれの立場で「楽しみ」の重要性を語った。

「『努力は夢中に勝てない』これは為末大さんが言っていたんですけど、努力が熱量に勝てないことはビジネスでも結構ある。だから社長や経営者に『夢中であることを思い出させる』ことは私もよくやります」

岡島氏が"侍ハードラー"、為末大さん言葉を引用して、「夢中の強さ」を語れば、高濱氏も「やる気の引き出し方」について言及する。

「わが子をやる気にさせるにはどうしたらいいか? 親ですよね。伸びている子どもというのは、親が学んでいる。わからないことがあれば調べる」

子どもや指導対象に何かを「やらせる」のが指導者ではなく、自ら学び続けることで相手にもやる気が生まれる。高濱氏の話はまさに教える専門家は学びの専門家でもあるというコーチングの基本姿勢に相通じる。

岡島氏は若手のブレーンとの会話からヒントをもらう機会も多く、成熟した企業がこうしたブレーンを持つことは珍しくなくなってきているといい、高濱氏も花まる学習会では「一つの授業で最低一つ何かを拾ってこないとアウト」と、子どもたちからの学びを大切にしている様子を語った。

岡島氏、高濱氏に共通するのは、自らが学び続ける姿勢。

「新しいことが好き。エッジにいたいなと思っている」(岡島氏)
「滞った日がいや。やりたくてやっているから楽しいし、伸びる」(高濱氏)

両者が声を揃えて言うのは、自ら学び続ける姿勢はスポーツでこそ養われるし、ビジネス、教育の観点から見ても学ぶべきことが多いという点。

岡島氏は「勝敗が明確なスポーツはある意味ではビジネスよりもシビア。進んでいる点はたくさんある」と指摘し、高濱氏も「スポーツは、子どもたちの背中を作るし、芯を作る」とスポーツの持つポテンシャルに期待を寄せた。

今回ご紹介したのはセッションのほんの一部だが、それでも「スポーツ、コーチ、コーチング、それぞれの可能性とヒント」がふんだんに盛り込まれた内容になった。

「学びの場において"講師と受講者"という関係はあまり効果的ではない」

これはモデレーターの中竹氏がオープンニングトークで示した言葉で、実際今回のカンファレンスでは、質疑応答のほか、参加者同士の会話や登壇者とネットを介した双方向コミュニケーションが行われた。SCJ Conferenceのようなコーチが学ぶための場が増え、すべてのコーチが"学ぶ仲間"として横のつながりを持つことが、日本のスポーツの力をさらに引き出すための重要な鍵になるはずだ。

※取材協力:一般社団法人スポーツコーチングJapan

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