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『ゴールさえ守ればいい』はNG! 重要性高まるGKのビルドアップ技術

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■偶然頼みでは高みを目指せない
日本のサッカーでは、育成年代の試合はもとより、Jリーグでもいまだにこのようなシーンが頻繁に見受けられます。

味方のディフェンダーがゴールキーパーにバックパス、相手のフォワードが猛然とボールを奪いに来る、ゴールキーパーは相手にボールを奪われるリスクを避け、あっさりとビルドアップを放棄してボールを大きく前へ蹴りだしてしまう――。

相手にボールを奪われるリスクを回避したゴールキーパーは、もしかするとホッと胸をなで下ろしているのかもしれません。しかし、蹴りだしたボールの行方はどうなるでしょうか。競り勝ってマイボールの状態を維持できるのか、それとも相手ボールになってしまうか。その行方は、偶然が大きく左右するはず。しかし、サッカーが偶然に左右されているうちは、そこからさらに高みを目指すのは難しいのではないでしょうか。

日々進化する現代サッカーでは、ゴールキーパーの足下の技術、そしてビルドアップ能力の重要性は日増しに高まっています。 元日本代表のゴールキーパー小島伸幸さんは著書『ゴールキーパーの優劣は、ボールに触れない「89分間」で決まる』(カンゼン)のなかでこう指摘します。

「ゴールマウスを守るセービング技術に長けていることは今なお重要だが、『自分はゴールさえ守っていればいい』という考え方のままでいると、現代サッカーの時代の流れに置き去りにされてしまうかもしれない」

ゴールキーパーがビルドアップの一端を担うことができれば、そのチームはボールを保持する時間が長くなり、試合を優位に進められる可能性が高くなります。もちろん、最後方のゴールキーパーがビルドアップをしようとして失敗をしたり、相手にパスをインターセプトされたりすれば、即失点につながる致命的なミスになりかねません。

しかしミスを恐れていては前へ進めません。

ゴールキーパーがしっかりと後方からボールをつなぎ、自分たちが意図したかたちでゴールを陥れることができれば、プレーをしている選手たちにとっても、観ている人たちにとっても、楽しくて魅力的だと感じられるサッカーを創り出す一助になるのです。

欧州では、ゴールキーパーの足下の技術やビルドアップ能力をもはや標準装備していなければポジション争いに勝てないという共通認識があるのですが、日本ではまだまだそこまでの認識が共有されていません。日本代表の川島永嗣選手もベルギーリーグ1部のスタンダール・リエージュでプレーしていますが、バルデスやカシージャス、ノイヤーら超一流の選手たちとの差を埋めるには、これまで以上に足下の技術を高めることも一つのポイントになるのかもしれません。

■GKのビルドアップがもたらす具体的なメリット
日本サッカーのゴールキーパーの足下の技術力に対する見方はまだまだといったところですが、そんな現状のなかで、日本代表の西川周作選手(現浦和レッズ)はビルドアップ能力に長けたゴールキーパーの代表格と言えます。昨季まで所属したサンフレッチェ広島では、後方からしっかりとつないで攻撃の一歩目の役割を担い、ときには直接的にゴールシーンを演出するなど、チームのJリーグ2連覇に大きく貢献しました。サンフレッチェ広島のサッカーを完成させるためには、西川選手のような足下の技術に優れ、ビルドアップ能力に長けたゴールキーパーが不可欠だったのです。

少しだけそのメカニズムに触れておきましょう。

ゴールキーパーが足下の技術に優れ、最後方からしっかりボールをつないでビルドアップに参加できると、ピッチ上に11対10という数的優位の状況を創り出すことができます。前出の著書で小島氏がこう触れています。
 

「たとえば、ピッチ上の最終ラインにゴールキーパーがポジションを上げたとしよう。ちょうどペナルティーエリア付近でボールを受けたり、パスを出したりするイメージだ。両サイドには、中央からサイドへ広がったセンターバックの選手を配置する。最終ラインで3人でボールを回すような状況だ。センターバックが両サイドへ広がるので、このとき、サイドバックの選手は相手陣地内にポジションを高くとることができるだろう。味方のポジションの配置を、前へ重心を傾けることができるというわけだ。
 
ここでゴールキーパーがボールを落ち着いて回すことができたとする。相手がゴールキーパーのボールを奪おうと食いついてくれば、必ずピッチ上のどこかにフリーになる味方の選手がいるのだ。なぜなら相手のゴールキーパーは、こちらがボールを保持しているときに、むやみにポジションを前へ移動させるわけにはいかないからである」

このようなメリットが明確にある以上、ゴールキーパーが足下の技術を駆使してビルドアップに参加しない手はありません。

■普段からの意識が大切
問題は、どうすればそれだけの足下の技術やビルドアップ能力を身につけられるかでしょう。一般にサッカーの足下の技術はゴールデンエイジといわれる幼少期に身につけなければ習得が難しくなると言われています。

しかし、たとえば、セレッソ大阪の守護神であるキム・ジンヒョン選手は、高校時代の練習の合間に遊び感覚だったようですが、フリーキックやクロスボールの練習にはまったことが今になって役に立っていると証言しています。その時期があったからこそ、今ではセレッソ大阪や韓国代表で足下の技術にも長けたゴールキーパーとして名を馳せるようになりました。

足下の技術を習得するのに、遅すぎることはないのかもしれませんが、早くから取り組み始めても損はありません。ゴールキーパーは普段の練習から足下の技術を養成しようとする意識がとても大切になるのです。

スペインではゴールキーパーの足下の技術の重要性が20年以上も前から認識されていました。だから、バルデスやカシージャスという足下の技術にも長けたゴールキーパーが生まれるのです。この流れは欧州全域に広まっています。欧州の育成年代やプロクラブのゴールキーパーの練習では、足下の技術を養うための工夫が凝らされていて、たとえば、小島氏が欧州視察に行ったとき、ブンデスリーガのデュッセルドルフではゴールキーパーの足下を意識したトレーニングを行っていたそうです。
 

「ゴールキーパーはゴールキーパー同士でトレーニングを行うものだが、そのウォーミングアップで一人のゴールキーパーがキャッチしたボールを前方へスローイングすると、他のゴールキーパーが手を使わずに足下でコントロールし、蹴ってパスを返す、という一連の流れを取り入れていた。そうすることで無駄な時間ができないし、足下を使うよいトレーニングになるのだ」
 
ちょっとした工夫でも足下の技術を養うことはできます。ゴールキーパーはセービングが秀逸であればそれでよい、という時代はとうの昔に終わりました。ゴールキーパーがフィールドプレーヤーと遜色のない足下の技術を身につけてビルドアップに参加することができれば、サッカーがより深まる、チームがレベルアップできる、そういった認識を日本でもそろそろ真剣に共有すべきではないでしょうか。


鈴木康浩(すずき・やすひろ)
1978年、栃木県宇都宮市出身。法政大学卒業後、作家事務所を経て独立。地元である栃木SCの取材は今季で10年目に突入。その他現在は日本のあらゆるサッカーシーンの心奪われる事象を何でも書くスタンス。「サッカー批評」「フットボールサミット」「月刊J2マガジン」「ジュニアサッカーを応援しよう!」などに寄稿している。元日本代表の小島伸幸氏の著書『GKの優劣は、ボールに触れない「89分間」で決まる』の構成を担当。その他構成した書籍多数。